元気があれば

2008 年 9 月 24 日 – 4:43 AM

朝が来るorz

ノイシュヴァンシュタイン城

2008 年 9 月 21 日 – 1:21 AM

ずいぶん前からいいなと思っていたけど、
ノイシュヴァンシュタイン城(googleイメージ検索)
やっぱり死ぬまでに一度は行ってみたい。
何が良いかって?
美しすぎるやろぉ~~!(笑

ぼくね、どこでもドアがほしいの。

研究って…

2008 年 9 月 19 日 – 5:59 PM

最近、すごいなと思った言葉。

Words should be our servants, not our masters.
-The Society of Mind

各分野で、意味の取り方は違うと思います。

心理学系の分野では…
言葉はただの”ラベル”でしかないのだから、裏にある”構造群”や”プロセス群”に着目しましょうね
という意味だと思います(笑
「判断」「記憶」「意識」「学習」「知識」みたいな言葉をよく使うけど、結局中身がないんですよね。でも、こういった言葉に振り回されることが多い…

どうしてこうなっちゃうのか。それはこう書いてあります。

One can acquire certainty only by amputating inquiry.
-The Society of Mind

つまり、妥協なんですね(笑

そして、今ならこの言葉もわかる気がします。

何でも説明できるってことは、結局何も説明していないことに等しい
-T.K

研究って大変ですね(笑
言い換えれば、(どんな研究でも)自分の心の限界(妥協)に挑戦することなのでf^^;

さて、、、まったく話が変わりますが、今の自分の分野…
表層文だけに着目した自然言語処理って、ラベル間の事実関係しかわからないような気がします。
すると、ニューラルネットと本質的には変わらない感じなんですかね…。
一つの表現方法で、どこまでできるんだろう。

But each representation works well only in certain realms, and none works well in every domain.
-The Emotion Machine

ってか、こんなことを語る前に、
僕は卒業できるのだろうか((( ;゚Д゚)))

エギーユ・デュ・ミディ

2008 年 9 月 18 日 – 3:29 AM

目指せ絶景ハンター(笑
エギーユ・デュ・ミディ(googleイメージ検索)

すごくない?

箱根もすごかったし、夢膨らみます☆
いつか行けるときが来るのか?(笑

考えることを考えることについて考える

2008 年 9 月 1 日 – 6:26 AM

とりあえず今日はここまで。
そう思って風呂に入ったら、変なことを考えてしまいました。
それは、「考えることを考えることについて考える」ということです。
痛い子って思わないでくださいね(笑
ただ、頭から離れないんです…(音楽みたいに
ゆえに寝れないorz
ゆえに巻き添え(笑

(以下の話は、今読んでいる本の影響をモロ受けています。)

さて…
「考えることを考える」ことができるなら、
「考えることを考えることについて考える」ことができますし、
「考えることを考えることについて考えることを考える」こともできるはずです。

なぜなら、「考えること」を何らかの形で表現(記号化?)できるのなら、僕たちはそれについて考えることができます。すると、「それについて考えたこと」も何かしらの形で表現できるわけで、理論的(?)にはどこまでも考えることができるはずです。

いったい、普通の人は「どこまで」考えることができるのでしょうか。
少なくとも僕には「考えることを考えることについて考える」ことまでしか実感がありません。
すると、「どこまで」考えれるかは何によって決まるんでしょうか?

そもそも、なんでこんな話をしているかと言いますと…
「考えることを考える」…
ややこいので、「考える」に記号をふりまして、
「考える(A)ことを考える(B)」とします。
すると、(B)は(A)をコントロールできるようになりますし、
少なくとも(B)は(A)の在り方を検討しています。
もしそうなら、より良い(A)を作り出す方法を(B)によって学習できることになります。
この仮説が成り立つなら、
(A)←(B)←(C)←(D)…と、考える方法を学習していくにつれて…
(A)がどんどん洗練されていくことになります。
すると、この次元が重なって導き出される(A)を、僕たちは「天才的なアイデア」と呼んでいるんだと思います。
少なくとも、これによって、天才的な「アイデア」や「判断」ができるようになるんだと、僕は思っています。

では、話を戻します。
>「どこまで」考えれるかは何によって決まるんでしょうか?
以前、「人間の思考の能力は、脳によって制限を受けている」という議論をしたこと(聞いたこと?)があります。途中の議論は省略します(笑 また機会があれば書こうと思います(笑

「人間の思考の能力が、脳によって制限を受けている」をちょこっと補足します。
これは、思考が「アルゴリズムやプログラム」であるのに対して、
脳は「マシンのスペック」にあたるとお考え下さい。(この説明を受けたときにわかりやすかったので、ここでも拝借(笑
ぼっこいマシンでは、重たいプログラムは動きにくくなる(あるいは動かない)ことがあります。
だから、僕たちは古いマシンを新しいマシンに買い換えたりしますし、そういうビジネスが成り立ちます。
(人間も老いれば、考えがにぶるわけですが、これは脳のスペックが老朽化したことで本来の力を出せていないと考えることができます。)

さて…
脳が思考を制限している要因であると仮定するわけですが、
脳と同じような働きをするマシンが作れたとしたらどうなるでしょうか。
(脳は作れなくても、それっぽい働きをするマシンは、研究次第では作れるようになるんじゃないかと僕は思います。生きている間には無理かもしれないけど(笑
こういったマシンを作れるなら、そのスペックも強化できるはずです。
(もちろん、進化論的に脳がこういう制約をもなたければならない決定的な理由があるなら、この仮説は成り立ちませんが)

つまり、まとめますと、
スペックを強化できるなら、天才を作れることになります!(考える次元を増やせるので)
誰でも気軽に利用できる「問題解決を支援するマシン」があるとして、それが俗に言う「頭のキレル人」と似たようなものだったら、心強いと思いませんか?
(もちろん、全ての分野に特化した人なんていないので、個々の分野ごとに働く場は限られます)
すると、社会がよりよくなるような気がします。
「頭のキレル人」モドキが増えるわけで、クリエイティブでプロダクティブな議論が少なくとも以前よりは可能になると思います。
(こういった思考モデルが搭載されたマシンが増えてきますと、産業構造や世の中のニーズも変わってくるんじゃないかと思いますが、それはそれで新しいビジネスとかでてきて面白そうデスネ)

もちろん、人が考えれないことをそもそもプログラムできるのか?という問題はあります。
でも、「考えることを考える」プログラムが作れれば、あとは再帰的になるだけなのでマシンでもできるんじゃないかと思います。実際に、(聞いた話ですけど)プログラムそのものをデータ構造として持つことできるプログラム言語が登場しつつあるようです。さっきの話なら、プログラムは「思考」にあたるので、夢膨らむ技術ですね。

と、まぁ…
まとまってませんねorz
めんどくさいので推敲しません(笑

さて、寝よう(笑

現実逃避~夜釣り~

2008 年 8 月 16 日 – 12:36 AM

(最近の)趣味は現実逃避です(笑

コショウダイ

釣れました☆

コショウダイと言うらしいです。
31cmで、わりとでかい♪
食べ応えありそうだ。

なんか引きがすごかったです。
格闘って感じです。
なかなかあがってこなかったですねー。
いやー、しぶとい魚っすわ。
バシャバシャ逃げてましたしねー。
網投入の緊張感たまらないっすねー。
ま、僕が釣ったんじゃないっすけど( ̄3 ̄)

あー、期限までに仕事終わらんorz
逃げてぇー(笑

妄想力

2008 年 8 月 4 日 – 3:56 AM

先日、もっと妄想しろ!というお話しを聞きました。
奇抜な発想ができる人は、妄想力がすごいんだとか。
だから、今のうちからたくさん妄想しとけと。

仕組みは簡単。
天才と呼ばれる人は、一つのことを、いろんな視点や観点から考えることができるみたいです。
なので、誰かが意見を求めたとき、回答候補がいっぱい出てきてしまって即答できない。
(これと対照的に、頭が良いと呼ばれる程度の人は、候補の数が比較的少ないので即答できる)

そりゃそうですよね。
頭の良い人で10個候補が出てくるのに対して、天才は100個候補がでてきたなら、
どう考えても候補を絞るのに時間差が生じます。
(僕たちは一度に多くのことを同時に考えれないので、脳の処理能力には限界があります。

しかしながら、候補がたくさん出てくるということは、
それを比較して違いを見出せるので、物の本質が見えてくるということになります。
(本質が見えてくれば、不必要な候補を削ったり、見えた本質に対して<型を当てはめて>新しい候補を作ったりして、納得いく候補が見つかるまで再帰的にループできる)
すると、回答するときにとんでもない発想が出て来るんだとか… =特許なんかに直結(笑

いろんな観点から考えるということは、自分の得意分野や好きな分野の型にはめこむだけで良いみたいです。
(僕の場合は、プログラミングや心理系、水泳、魚釣り、旅行?
例えば、「この映画おもしろい!」と思ったときに、
「どうしておもしろいと思ったのか?」ということなんかを、
自分の型にはめこんで分析すれば良さげです。
すると、型の数がたくさんあれば、それだけ物の見方もたくさんあるということになるので、
型の数に対して、物の見方は指数関数的に増えてきます。
(もちろん、型は極めれば極めるほど、それだけ多くの見方を作れる)
さらに、逆説的ですが、一見単純に見えたり、それすら分からないものは、複雑に考えることで、その本質を見いだしやすくなるようです。例えば、「おもしろい」という言葉によって隠れた本質は、これを複雑に考えることで分かるかもしれません。

一方、天才じゃないけど頭の良い人は、型が少数精鋭みたいです。
なので、型がはまったときは恐ろしく強力で、それらしい答えを割りとすぐに導き出せるんだとか。
でも、しょせん、型がはまらなければ弱いので、
言われたことしかできない(クリエイティブじゃない)人間になるらしい(笑

なので、学生っていうのは、
自分の型を広げたり強化したりして、妄想し始める時期であったり、将来の妄想の土台を作る時期であったりするのかなと思ったり。
もちろん、妄想は、考える道筋を訓練することなので、
妄想すればするだけ、幹から枝が生えて木が大きくなるように、より強力な妄想ができるようになります。
(少なくとも、強力な妄想する準備にはなると思います

結局、多くの趣味をもったり、いろんなことを経験することっていうのは、
自分の型を増やすということだったんですね。
すると、妄想しなければ宝の持ち腐れということになります。
何を考えて大人になるか、重要なターニングポイントかもしれません。

精神と時の部屋にこもりたい

2008 年 7 月 31 日 – 2:56 AM

最近思うこと、、、
一日が足りないorz

母校訪問

2008 年 7 月 30 日 – 3:16 AM

学校行くついでに母校へ行ってきました。
遅くなりましたが、高校のときの顧問の先生に進路報告をするためです。

なんというかほんといろいろなことを知ってる先生で、、、
僕は卒業してからけっこう経ちますが、ロジカルな部分が全く衰えてない(笑
#その昔、肉体的にも精神的にも思想的にも人格的にも、ようボコボコにされましたわ(笑
今回は、主に研究や教育について話を伺いましたが、すごく勉強になりました。

そして、ふと思う。
この先生と静大のT先生がすごく似ている…
とにかく物の考え方や教育に対する思想がそっくり。
同じ目をしてることは前々から気づいていたけど、中身も似てたとは!
やっぱただものじゃねぇ。

運命なんですかね(笑

ふっかつ?

2008 年 7 月 28 日 – 4:44 AM

前回の日記からはや半月が経ちました。
いろんなことがあってないような、
そんなIP*な毎日を送っておりました。

◆院試
無事受かりましたよ☆
面接では、研究内容についてボコボコにされ、
M野氏には僕の将来を心配されました(笑

大丈夫だとは言えませんが、どうか心配しないでくださいね。
( -д-) 、ペッ

◆叩き込み
研究室で開発中のシステムは、どう動いているのか?
そんな素朴な疑問と、今後の課題を検討するために、強化トレーニング期間が始まりました…
自然言語処理を行うための意味表現をトレース中…
今年の夏はカオスだ。

毎朝10時ぐらいに登校するので、よかったら、あなたのパピコを半分わけてください。

◆誕生日
また一つ身体はおっさんになりましたが、心はあの頃のまま(IP*)です。
いつしか心が荒んでしまったみなさん、この日記を読んで、どうかあの頃に戻ってください。

いつまでも変わらぬピュアさ。
Forever Pure.

◆英語漬け
翻訳がいよいよ終盤を向かえつつあります。
去年の11月くらいから始まったプロジェクトも、残すところあと2章(全部で9章)。
章を重ねるごとに、内容がぶっとんできました。
現在、人の想像や連想がどういう仕組みで起こるのか勉強中です。

◆最近思うこと
本の影響をもろに受け、最近疑問に思うことがあります。
そもそも人はどうやって学習するんでしょうか。
つまり…
(1)どういった構造に、どういう変更を加え、
(2)そうやって作り変えた構造を、どうやって記憶して、
(3)今必要な構造を、どうやって引き出し活かすのか

著者は、人の脳もマシンにすぎないんだよと言いたいらしいですが、
脳の記憶や学習のアルゴリズムってどうなってるんでしょうね。
こんだけ科学が発展しても、自分たちのことは全然わかってないみたいです。
世の中まだまだ謎だらけですな。

*「I am Pure」の略